伊藤常三郎家は、江戸末から大正にかけて遠島(あま市七宝町遠島)にて七宝業を営んでいた家で、1881年の第二回内国勧業博覧会や、1889年のパリ万博に出品記録が残っている当地でも草創期より七宝業を営んでいた窯元です。所蔵資料の中には、陶磁胎七宝の仕掛品や、七宝図柄の下絵などのほか、取引書類などがあります。この資料集に所載したものには、明治末年一年間の取引書類があり、ここから当時の取引量や内容、価格などがわかり、面白い資料です。また、一枚ものの資料「愛知七宝商工同業組合人名」は、明治30年ころの愛知県内の七宝業関係者名が183人列挙されていて、貴重な内容です。